Udungpulでは普段北朝鮮の放送や音楽についての記事を載せていますが、本記事では日本の放送文化事情についての断想を書きます。
要約
- 現代の放送コンテンツを記録し保存することは歴史的に重要な意味をもつ
- 公的なアーカイブには限界があるので民間のアーカイブも必要
- 日本のテレビは著作権保護技術と録画・再生端末の入手性の低下により長期保存が難しい
はじめに:放送は生もの
1925年に日本でラジオ放送が開始されてから100年が経ちました。
勇ましい口調で大本営発表を伝えた戦時中の報道から、時代を彩る芸能人が出演した戦後のバラエティー番組まで、かつてラジオやテレビで放送されてきた番組は今、当たり前のように再生することができます。
こうした録画や録音は、当時の時代背景や空気感をそのまま後世に継承する貴重な歴史的資料です。
こうした資料に触れれば触れるほど思うことがあります。 それは、現存する資料を後世に残すとともに現代の放送コンテンツを記録し保存することが重要だということです。
放送は生ものです。 基本的に録画や録音をしない限り、すでに放送されたコンテンツは視聴者の都合で再び視聴することはできません。 そのため、全ての放送コンテンツはやがて貴重な歴史的資料となります。
この断想では、次の100年後には歴史的資料となっているであろう今の放送コンテンツを保存することについて考えます1。
1. 民間の放送アーカイブの必要性
1.1. 公的アーカイブの限界
日本にはテレビ番組を保存し広く一般に公開している施設がいくつか存在します。
しかし、いつも北朝鮮の放送に接している私は、このような公的なアーカイブだけに頼ることの危うさを身をもって感じています。
北朝鮮の放送内容は全て政治の従属変数なので、そのときの政治的立場と矛盾するような不都合な過去は決して流れることはありません。
番組ごとお蔵入りになったり、カット単位で差し替えられたりという対応が当たり前の世界です2。
ネット上で朝鮮中央テレビの放送番組を多数配信していた「わが民族同士」、「朝鮮の今日」などのサイトは2024年1月に突然閉鎖されたため、2023年まではいつでも観られたものが今は観ることができません3。
日本でも、出演者が放送後に引き起こした不祥事、現在の価値観にそぐわない企画、複雑な権利関係などの問題で再放送できない番組が多く存在し、再放送できたとしても一部編集がなされる場合があります。
放送局や公的機関による収集・保存活動の価値は非常に高いのですが、一般人が視聴する際にはこうした限界があります。
1.2. 民間アーカイブ
上述した様々なしがらみや制約に縛られることなく自由に過去の放送コンテンツを視聴するための唯一の方法は、視聴者自身が放送物を記録し保存する民間アーカイブです。
北朝鮮メディアのコンテンツについては包括的なアーカイブを整備しようというプロジェクトがありますが、残念ながら日本のコンテンツは著作権の問題から同様の取り組みを展開することは不可能です。
本邦では、各家庭のテレビ台の中のVHSテープとDVDとブルーレイディスクが、古民家の屋根裏部屋に眠るお宝のような歴史的資料となるのです。
1.3. アーカイブのための録画の必要要件
アーカイブ目的の録画は見逃し視聴が目的の録画とは異なり、見た後も消さずに残しておきます。
コンテンツを永久保存することに究極の目標があるからです4。
アーカイブのための録画物は、100年後も編集されることなく自由に視聴することができなければいけません。
これは、自分で録画した番組が後からいつでもまた観られるというアナログ放送時代の常識に基づけばごく自然な考え方です。
2. 民間の映像アーカイブを阻む壁
音声メディアであるラジオの放送内容は、ICレコーダーがあれば簡単に録音し、いつでも再生できる音声ファイルとして長きにわたって保存できます。
しかし近年のテレビ放送などの映像メディアは、いつでも再生できる形での保存はそう簡単ではありません。
2.1. DRM技術によるコピー制限
日本のデジタルテレビ放送では、録画した番組の取り扱いがデジタル著作権管理(DRM)技術によって厳しく制限されています。
例えば、アナログ時代には(画質の劣化を許容すれば)何度でもダビングできたものが、デジタル放送ではダビング10やコピーワンスという回数制限が付くようになりました。 録画データにはコピーガードが施されているため、PCで複製することもできません5。
アナログ時代の当たり前が通用しないルールは率直に言って不便ですし、制限事項が増えたことでコンテンツの保存性が悪くなっています。
最近台頭しているサブスクリプション型の配信サービスも、DRM技術により映像データが暗号化されており、ダウンロードしても専用ソフト以外では再生できないことがあります。
にもかかわらず、サービス側が設けた視聴期限を過ぎると再生できなくなるのです。 これでは100年どころか10年すら持ちません。
2.2. 録画機器の入手性の低下
2026年2月、日本のあるメーカーがブルーレイディスクへの書き込みが可能なレコーダーの出荷を停止しました。
このメーカーでは、外付けハードディスクへの録画機能が付いたテレビは販売を続けているといいますが、データは録画した端末と紐づける形で暗号化されているらしく、汎用ソフトで再生できない以上保存性に不安が残ります。
DRMとハードウェアの問題で、民間のアーカイブ活動環境は危機的状況にあると思います。
2.3. TS抜きと課題
日本のデジタルテレビは100年先も自由に再生できる形で保存できないのかというと、技術的にはそういうわけではないようです。
DRMによる暗号化を回避してテレビ放送を視聴する方法としてTS抜きと呼ばれているものがあります。
TS抜きでは暗号化されていない状態で保存できるため、一般的なメディアプレーヤーでも再生が可能です。 私的利用のためのコピーも法律を犯すことなく行うことができるため、記録媒体の寿命に注意してバックアップを重ね続ければ、自由に再生できるデータを半永久的に手元に残しておくことができるのです。
このように、TS抜きは民間のアーカイブ活動に最適な手段で、ネット上にも色々な技術情報が出回っています。
しかし、TS抜きを行うにはPC上の環境構築に加え、専用のチューナーを準備する必要があり、これが高いハードルであると言われています。
おわりに
テレビ離れが進み、テレビ番組の一幕をコラージュして作られた偽情報がテレビを見ない人々にSNSで拡散されるような昨今、放送コンテンツのアーカイブの重要性はますます高まっているに違いありません。
しかし、日本のテレビ放送は、一般市民が世代と年代を継いでありのままの姿で残していくのは難しいようです。
電波媒体での放送からネットでの配信に移っても、DRMによって民間のアーカイブ活動は厳しい状況が続いています。
かつて内外で海賊版が横行したことは当然許しがたいですが、後々の放送文化の研究や検証の妨げとなる過剰な制約が見直される機運は高まらないものでしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
脚注
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実際の放送を切り取り無しで見てみないと当時の雰囲気を誤って解釈してしまう恐れがあるので、無編集のまま、自由に視聴できるように保存することが必要です。 ↩
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備忘録「北朝鮮の対南政策転換に伴う放送上の対応について」には、北朝鮮のとった朝鮮半島統一の放棄を受けた楽曲の差し替えについて詳しく記述しています。 ↩
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음악이야기 《강선의 노을은 오늘도 불탄다》(音楽物語「カンソンの赤い空は今日も燃える」)が観たいです。もし保存されていましたら、どこかにアップしていただけると嬉しいです。 ↩
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とりわけ報道番組は後世の検証のことを考えて、新聞の縮刷版のように丸ごと残すのが重要だと思っています。 ↩
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暗号化を解除しての複製は私的利用のためであっても日本の著作権法(第30条第1項第2号)で禁じられています。 ↩